日本スゴイを嗤った先にあったもの 10年目の答え合わせ

JICAのアフリカへの支援事業への反発が、「ホームタウン」という雑ワードのおかげで、デマとも誤訳とも先方国のガバナンスの不誠実さとも付かない形で広まっていった。

排外主義の現れ、という指摘もあるんだろうけど、日本側、もっといえば主権者たる「並みの日本人」が、対外的な問題、開発援助なり移民なりをコントロール出来ない状況にある、という不安が募ったってとこもあろう。

北関東では何それっていう犯罪もあるわけで、思った以上に安心の基盤が掘り起こされて一触即発になってる可能性もある。まあ騒いでるのは、多民族化の最前線ではなくy東京とかにいる連中だろうけど。

 

10年前にこのような記事を書いた。

日本スゴイ番組は何処へいくのか - よりぬき障害報告@はてな
https://lm700j.hatenadiary.org/entry/20141107/1415378102

ここでは日本スゴイという皆が思っている空気と、実際にはいろいろな問題が起こりつつあって当事者が苦闘している、という専門的な話の待避があると指摘した。

 

日本スゴイという顕教に対しての密教は、現場はそう簡単ではない、という苦悩であり悲鳴である。原発事故であったり、JR北海道の一件であったり、老朽化するインフラだったり、スマホ敗戦だったり、メタルカラーが現場で苦悩し敗れるようなことは今後は増えていくかも知れない。またサービス業でも、おもてなしの裏の悲惨な労働環境はクローズアップされている。しかしそれに対して答えを出すのは犬儒ではなく、その当事者であり、その苦悩に共感しどこまでを求めるかを考え直す国民である。

 

その後も、原発の再稼働は進まずエネルギー政策は迷走して、インフレによる生活苦を悪化させる要因にもなった。インフラ老朽化の問題も、八潮の事故でクローズアップされているし、人手不足も相まって状況は追い込まれつつある。ハイテク産業についても、半導体復権も安全保障なども面からのアシストであって、優位性を取り戻したとはいえない。

 

それでも我々のような並みの日本人は生活を回していく必要があり、専門家は限られたリソースで問題を解決したり、勝ち筋を探して世界市場での優位性を模索している。

 

そこでもういちど「日本スゴイ」について考えてみる必要がある。「日本スゴイ」を欺瞞だと嗤ってみても、じゃあ国民の間で「日本スゴイ」が共有出来なくなったとしたら、我々は追い込まれているんだから日本人ファーストっていう発想に流れてしまっても致し方あるまい。開発援助についても、日本がすごいから他の国を助けるんだ、というロジックは、チャリティや啓蒙教化といった宗教的な背景が希薄な本邦ではそれなりに強いものがある。

もし、途上国がリープフロッグに発展を続けるなら、中国とかがイキリくさりながら強国になるなら、別にもう支援しなくてもいいよね、ってなるよな。ホームタウン騒動だって、日本スゴイが前提ならそこまで揉めなかったような気もするがいかがであろうか。


また、ビッグプロジェクトには予算がつく一方で、大学などの公的な面が強い研究の場で基盤経費が削られて疲弊している面がある。基礎研究の重要性は、文明文化の発展や長期的な研究発展の多様性のためには不可欠なものである。しかし、並みの日本人にとっては、それはさほど自明のものではない。だから研究活動のアウトリーチだったりが重要にはなるけど、それでも基礎研究に関心がある人向けではある。

毎年ノーベル賞で日本人が受賞するか、受賞がなかったとしても、あるいは受賞者の研究で日本人が大きく寄与していたか、というのは話題にはある。「科学は国境を越えるものだから、そんなことに拘ってはいけない」というのはつまらない正論だし、「同じ日本人として誇らしい」を嗤う向きもあろう。でも、納税者として貢献したのは同じ日本人だからでしょ、税金を払った甲斐があったって満足して貰わないと次はないわけでしょ。それなら「今後も研究費をお願いします」ではないのかな?

 

歴史研究だって、日本史を振り返るところで、成功者に限ったとしても優れた意志決定を行っているし、それが世界史の中でも先端的な例であることは多い。それだって「日本スゴイ」を掘り起こしているなら、多くの共感を呼ぶところではある。

それがなかったとして、失敗に学ぶという視座はあるけど、なぜ研究費を出してもらえるのか、というのも実はそれほど自明ではないんだよな。

現状でも生活の質は極めて高いわけで、普通に暮らして普通に働くだけでも「日本スゴイ」は自ら生み出しているはずなので、自負や自制心にも繋がるはずだ。

日本スゴイ」は、まったく立場の違う日本人同士を繋ぐアンカーでもあるし、それを嗤うなら、納税者と研究者、移民との遭遇に困惑する市民と開発援助の専門家、という間での相互理解の基盤すら嗤うことにならないか?

今後もアメリカの混迷や中国の経済大失速など日本以外の失態によって、結果として「日本スゴイ」ほどではないにしろ「日本マシ」は強くなっていくだろうけど、健やかな形での「日本スゴイ」を再構築を願ってならない。いやほんと